187348 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

シンプル・ライフ

シンプル・ライフ

「魔界転生」



~誰も人生に勝てやしない~「魔界転生」




 ぼくの好きな短編小説の話。
 あるところに、三人の中のいい大学生がいた。二人は男で、一人は女。
 その内、主人公じゃない二人が結ばれる。取り残された男は食事を摂るのをやめ、ビールばかり飲んで部屋で寝転び、大学を辞めてしまおうかと思う。
 自分なんて、どこか知らない町に行って、一人で孤独な肉体労働でもして暮らせばいいんだ。
 それとまったく同じ生活をしていた。
 いや、失恋の方じゃない。誰も知り合いのいない町で、孤独な肉体労働に従事しているって方だ。薄汚れた寒い倉庫で、シンナーで歯の溶けたの同僚たちと、心温まるふれあいなんかは一切無しで、ののしりと警戒の中で暮らしていた。唯一の救いは、筋肉の痛みだけだった。
 結局、不景気でその仕事もなくなった。アイルランド風にぼくは失業した。好きな短編を書いた作者に教えたい。「人生は、あなたが描いたより悪い」
 ぼくにも、数少ない友達がいた。その中に、2メートルの大男がいた。
 人懐っこい笑顔をした気持ちのいい男で、たっぷりと筋肉がついていて、そこいらのプロレスラーなんかよりずっとケンカが強かった。賭けてもいい。
 彼はコックを目指していたんだけど、いびってくる先輩を殴ってクビになった。多分、手は先に出しただろう。でも、悪意を持ったのは後のはずだ。
 でも、大男でケンカが強い奴には、両成敗は適応されない。似たような事を繰り返して、一度刑務所に入った。
 出てきてからは、法律の外で働いていたみたいだ。でも、それも膝を壊すまで。
 大男ってのは、体重で膝が壊れやすい。膝が利かなくなると力が出なくなる.ケンカの出来なくなった彼は、あっという間にお払い箱になって、仕事もプライドも生きる意味も見失った。
 久しぶりに会ったら、警備員をしているって話だ。夜勤明けにラーメンを食べるのと、運動が出来なくなったせいで、えらく太っていた。
 もっか、悩みは力仕事を頼まれる事だそうだ。大男なのに体が弱い事を伝えると、えらくバカにされるらしい。そういう彼の顔は、以前の魅力がなくなって、ひどく卑屈になっていた。
 山田風太郎先生の「魔界転生」は、そういう話だ。
 タイトルのあらわす忍法によって、この物語では、死者が魔人によみがえる。
 ただし、それには幾つか条件が必要だ。一つ、天命を迎えて死に至る者。二つ、全力で生き、なお無念の思いでやりなおしたいと願う者。
 なんという泣ける条件だろう。そりゃあ蘇りもするだろう。
 ある者は、将軍家指南役にまで上り詰めた物の、それに縛られて自由を失い、権勢ゆえに実力ではなく政治手腕での成り上がり物と囁かれる。
 ある者は、父の仇を討つために修行一筋に生きた挙句、愛する娘と生きて帰ったら結ばれようと約束し、見事相手を討ち果たす。が、そこで自分が病気で余命僅かと発覚。なんだよオレ。
 そう、この、なんだよオレという脱力感。誰にでもあるのではないだろうか? 全力を尽くしてもがき尽くした挙句、トンでもない、それでいて後から思えば予想範疇内の結果を喰らった感じ。「こういうオチね」って一人で苦笑いな感じ。
 生まれ変わった転生衆ってのは、どいつもこいつもそんな連中だ。歴史上の偉人になる前、ドラマティックな彼らの人生は、「こういうオチね」だったのだ。
 剣豪小説最大の偉人、宮本バガボンド武蔵すら、この作品ではそうなっている。
生前、武名は全国にとどろきわたるも、単なる変人としか言われず、武蔵は誰にも相手にされていなかった。
 そりゃあ死んでも死にきれないよ!!
 生まれ変わった魔人ども、楽した奴もうまく生きていた奴もいない。最善尽くしてなお不幸! ヒロシを超えたアンラッキー野郎どもだ。
 しかしまあ、こんな運と要領の悪い奴らばっかり集めたところで悪事がうまく行くわけもなく、結局全員やっつけられてしまうわけだが、いや、それでいい。充分だ。
 天下転覆を企むも、江戸に入ることさえ出来なかった魔人ども。よくやった。よく戦った。
 あるロッカーが言った。「人生は戦争だ。訳もわからず戦場に運ばれて、見えもしない敵から砲撃され、見えもしない敵から砲撃される。後ろからも前からも弾丸が飛び交い、運の悪い奴から死んでいく」
フィッシュ哲学の実践者、リチャード・フィッシュ弁護士は言う。「これじゃあまるで戦争だ。つまり、勝っても負けても負けだ!」
 世の中には、嫌われ呪われあがくしか、やりようの無い奴らがいる。絶望できない物だけが破滅するって言葉がある。死ぬほど前向きに、いや、死んでも前向きに生きた彼ら、その最後に心からの敬礼をささげたい。
 ぼくたちは、本当によく戦った。

bbs


© Rakuten Group, Inc.